冬のお祭り「2010えべつスノーフェスティバル」は、2月13日(土)、14日(日)の2日間、市役所北側 向ヶ丘特設会場で開催されます。今年も、毎年ご好評をいただいている、滑り台、巨大迷路、ステージアトラクション、バザーなどの催し物をたくさん予定しています。当日は、ご家族やご友人とお誘い合わせの上、たくさんの皆様のご来場をお待ちしております。問い合わせ:実行委員会事務局(市役所企画課)TEL011−381−1015



日時:2月13日(土)11時半〜(30分程度) 場所:エコーセンター2000 アトリウムロビー 入場料:無料 プログラム:1.すてきなともだち 2.やさしさにつつまれたなら 3.戦争を知らない子どもたち 4.この地球のどこかで 5.地球は僕らの宝物2 6.ビビデ バビデブー 7.世界中の子どもたちが ほか 問合せ:エコーセンター2000 社会教育課 生涯学習係 TEL 0152-43-3705



 「函館氷」。いまや聞くことすらなくなったものですが、明治時代には全国に流通し、当時の函館を潤しました。今回はそんな函館氷とは何かを紹介しましょう。(写真はイメージです) 函館氷とは?  函館氷とは、冬季に函館の五稜郭外堀の天然氷を切り出して販売したものです。明治時代初期に、愛知県(三河)出身の中川嘉兵衛氏が函館豊川町に氷室を新設し、製氷を手がけました。(それ以前にもブラキストンなど道で採氷していた記録があります)  それ以前、将来製氷業が必要になると確信した中川氏は、良質な採氷ができる土地を求めて富士山、諏訪湖、日光、釜石、青森と北上を続け、最終的に製氷環境に適した函館に落ち着いたというわけです。函館では雪や不純物を含むことがない良質さ、十分な厚さの氷を産出できました。  函館では1867年の最初の1回(七重浜)は失敗し、富士山麓から数えて通算7回目の1869年、五稜郭にて成功に至りました。1870年、函館氷室から600tを東京に海運し販売しました。  当時の広告を見ると「氷室会社」の中川嘉兵エと書かれています。販売初年度はまだ函館氷のほうが高かったようですが(輸入氷10銭・函館氷12銭)、価格を下げていき、本格販売時には600g4銭で販売しました。 函館氷が成功した秘訣  函館氷は良質な氷であると評価され、また当時台頭していた輸入氷(ボストン氷)と比べて割安だったこともあり、よく売れました。1872年には函館天然氷として新聞広告を打ち出し、本格的な販売がスタートしました。これにより、輸入氷を玉砕し、1873年には輸入氷が販売されることもなくなりました。  函館氷は高品質だっただけでなく、函館港が近く、船便で全国に配送できたことも成功の秘訣でありました。後に中国、韓国などアジア各国にも輸出を開始しましたが、函館港が国際港だったこと、氷切り出しや運送のための冬場の労働力を得ることができたこと、また、北海道開拓使から1873年以降5年間専売許可を得ることができたのも強みになりました。  しかし、機械製氷が普及していくと次第に衰退。函館氷が全国的に出回ったのは約20年間の間だけでしたが、函館に富をもたらしました。また、それまで特権階級だけが利用していた氷を、一般庶民までも利用できるようにしたのが函館氷といわれています。1874年ころには函館氷のかき氷ブームも起こりました。  その後、函館氷に便乗して、製氷会社が全国に起こりました。開拓使による五稜郭専売許可が満了すると、函館や近郊でも製氷業が盛んになりました。中には函館氷を語りながら粗悪品も多く、1878年、国は産地表記を義務付けることにしました。  そのほかに貢献したことといえば、冷却して症状を改善することができるようになったこと、肉製品の冷却輸送が可能になったことから、すき焼きが誕生するようになりました。国内産氷の誕生は、当時画期的なことでした。 現代の氷の原型  函館氷は現在の氷販売の原型になった部分があります。たとえば「氷」と書かれた旗。中川嘉兵衛は看板や商品デザインに龍の図柄「龍紋氷」を入れていたようです。現在も水流模様が描かれている氷の旗の原型が函館氷だったとされます。一方、「官許-氷-中川氷室」という販売店を下に表記する氷旗の原型もこのころにできたとされます。



 駅舎は、駅舎と商工会議所が隣接。ホームは2面3線で、1907年9月8日に開業した駅。特急が停車する駅で、サホロリゾート地への最寄り駅である。北の国からのロケ地としても使用された。駅前には北海道の重心が新得であるということで、重心モニュメントが設置されている。また、火夫の像は、狩勝峠越えの苦労を伝える碑である。  冬季、いらっしゃいしんとくイルミネーションで新得駅前がイルミネーションで彩られる。24000球がともり、木々を青色、金色に染める。冬季の11月中旬から年明けの3月中旬まで4ヶ月間、16:00~23:00まで点灯される。  中心となるやじろべえ形の重心モニュメントは円錐のようにイルミネーション灯がつけられる。また、ハルニレ、梅、桜、柏の木々も青い電球や電球色で飾られる。青色は20000、電球色は4000である。 定番度★オススメ度★住所新得町本通北1丁目アクセスJR新得駅下車すぐ。訪問最適時期冬季。営業日/時間通年。滞在時間(目安)30分。必要経費無料。駐車場無料あり。公式サイト  大きな地図で見る もっと写真を見る 動画を見る



5店舗を飲みつくせ!スタンプを貰って現金が当る豪華抽選会が貴方を待っている! 時:2月13日(土) 午後5時30分受付開始 午後6時30分スタート 所:大黒オレンジ通り 問合せ:稚内市料理飲食店組合 事務局 TEL0162−23−2401 前売りチケット販売は組合事務局又は組合加盟店で 前売り券2,500円 当日券3,000円



「アートカフェ」は、さまざまなジャンルで活躍するアーティスト・表現者と参加者が身近に交流するトークイベントです。8回目のゲストは映画美術監督の種田陽平さん。日時:2月11日(木)14時〜 会場:遠友学舎(北海道大学キャンパス内) 参加料:1000円 参加定員:50名 応募方法・締切 往復はがきに「アートカフェ参加希望」と明記のうえ、郵便番号・住所・電話番号、氏名(フリガナ)、年齢を記入し、2月1日(月)必着で応募 問合せ:(財)北海道文化財団 事業課TEL011-272-0501



ミス・ツインクル廃止 特急まりもラストランのJR北海道ミス・ツインクル  JR北海道は、2010年1月19日、JR北海道キャンペーンガール「ミス・ツインクル」を廃止することを発表しました。2009年度の第24期ミス・ツインクルが最後のキャンペーンガールということになりました。  ミス・ツインクルは、毎年4月1日から3月31日までの1年間の任期で、イベントのアシスタント、モデル、PR活動を中心としていました。札幌・旭川・函館・釧路各地区で募集し、札幌地区4名、その他3地区は各2名、合計10名が活動していました。 SL冬の湿原号10周年迎える  2010年1月23日、釧路地方のSL冬の湿原号が運行を開始しました。24日までの2日間は釧路~川湯温泉間、30日~3月7日までは釧路~標茶間を、C11 171が運行します。  2000年1月に運行を開始したSL冬の湿原号は、2010年でちょうど10周年です。今年は節目の年なので、2月6日に標茶駅でSL冬の湿原号10周年記念セレモニーが開催され、重連運転が予定されています。また、10周年記念ヘッドマークをつけて運転しています。



 京極町の冬の一大イベント「あったかいまつり」が2010年の開催を見送ることになり、事実上廃止されました。(イメージは公式案内ページ) 京極町の名水の里の冬祭り「あったかいまつり」は、1993年に発足した実行する会が、同年3月6日・7日の2日間、ふきだし公園・京極温泉裏手特設会場(スリーユーパーク多目的広場)を開催会場としたのがはじまり。以来毎年3月に祭りが開催されてきました。2009年の第17回開催をもって終了ということになりました。  午前・午後の1日だけの開催ですが、毎年1500人ほどが来場していたという同祭り。この祭りでは雪中フットサル「Kリーグ」や「スコップ雪投げ選手権」、「雪積みンピック」、「コオリング」など、雪を生かした各種競技が開催されていました。  また、小型~大型雪像もこしらえていましたし、雪と氷の滑り台の山も造成されました。祭りの名称通り、スポーツをしてあったまるイベントです。 あったかいまつりの主なイベント内容 ・雪中フットサル「Kリーグ」・・・小学生限定ですが、フットサルコートで約10チームが試合を開催。 ・雪と氷の滑り台・・・雪の山の斜面を滑り台としたもの。 ・コオリング・・・氷上木製ストーンを使ったカーリングです。カーリングよりもルールは簡略化され、5m先の点数板に向かってストーンを滑らせるだけ。 ・雪積みンピック・・・雪山製作の高さを競います。1チーム3名が15分間でどれだけ高く積めるか。スコップは1チーム1本使えます。2m以上は積めるようです。 ・スコップ雪投げ選手権・・・1mちょっとの高さのステージからスコップに乗せた雪をどれだけ飛ばせるか、飛距離を競うイベント。過去最高は13.8mという記録だそうです。 ・雪中宝探し・・・木のコースターなど雪の中に隠されたものを探す大会。 ・餅まき  開催しなくなる理由は、主催者の高齢化、2009年に起きた事故が原因。2009年3月1日に開催された祭りでは、アトラクションの一つ、ゴムボート牽引スノーモービルで、子供がボートから転落して軽傷を負いました。北海道らしい冬のイベントがまた一つ失われました。主催者が望むとおり、若者が新たなイベントを立ち上げるかどうか注目です。



 室蘭カレーラーメンのロゴマークの商標登録が2009年中に完了したようです。(イメージは公式サイトのめんばる君)  室蘭の名物として定着しつつあるカレーラーメンですが、室蘭カレーラーメンの会はロゴマークを作成しています。そのPRキャラクターが「めんばる君」です。笑顔の豚がカレーラーメンのスープをすすりながら、食べながらPRしているイメージです。  そもそも「めんばる君」とはどういう意味か。「メンバー」「ほおばる」「がんばる」の3つの言葉が由来のようです。「めんばる」という文字の一部分に白鳥大橋が隠されています。2007年1月ごろまでに決まりました。  2008年7月、会に代わって室蘭観光協会が特許庁に「めんばる君」の商標登録出願をしました。そして、2009年11月6日までに、商品向けデザイン、サービス向けデザイン、文字なしデザインの3種類が登録されました。商標の期限は10年のため、10年後に更新予定です。  登録された商標は特許庁データベースで確認できます。検索用商標は「§室蘭カレーラーメン」などで、第5252127号、第5278112号などが登録番号になります。2009年7月31日、11月6日に登録されたと記録されています。  関係者は、室蘭のカレーラーメンを、味噌ラーメン、醤油ラーメン、塩ラーメンに続く第4の味を確立するべく努力しているとのこと。めんばる君とともにもっと有名になることを願ってやみません。



江別市まで約40000km 「もっとがんばる町、江別市まで約40000km」。こんな青色の看板が国道12号線沿いにあります。では、この看板があるところは北海道内ではないということですか?  実はこの看板、江別市にあります。市内のはずれ、豊幌地区、豊幌駅近くにありますが、ここからもうすぐで岩見沢市に入るというところでこの看板が立てられています。  実際に約4万km進んでみると見事に江別市に到達します。地球一周で約4万kmだからです。ということで、この看板は地球一周してでも江別市に戻ってこいということになります。実はバックしたほうが早かったという事実でした。  この看板を立てたのは、看板に掲げられているように「JA道央青年部・江別ブロック」。ちょっとしたジョークが目を引く看板をご紹介しました。 大きな地図で見る